畠山卓朗先生のこと

2016年12月29日。
今日がこんなに悲しい日になるとは思いもしなかった。
畠山卓朗先生が亡くなられたとの知らせが、facebook経由で入った。
嘘であってほしいという気持ちと同時に、全く実感が湧かず、何をしたら良いのかもわからない茫漠とした気持ち。
もちろん自分には何もできることなどなく、今はただ、この不安定な気持ちから逃れるために、よりにもよってブログ記事などを書こうとしている。
もしかしたら、書き終わったらすぐに破棄するかもしれない。
混乱しているだけなので、数日後には消去するかもしれない。
でも、今日、先生がこの世界から旅立たれた日に、何かやっておかないといけないような気持ちで書いている。

自分が畠山先生にお会いしたのは、20年前。
最初のATACが香川県で行われた時。
発表のために恩師と共に参加し、その懇親会場で、初めてお会いした。
恩師も畠山先生にお会いするのは初めてだった。
お互いにAAC研究者、実践者として会いたいと思っていたそうで、
畠山先生は
「K先生、お会いしたかったです。」
と優しい口調(そう、ずっと変わらないあの口調だ)で話しかけ、
その後ぎゅっと、恩師の手を両手で握りしめた。

その素直な握手がとても印象的で、美しい仕草に思えた。
恩師が自分を紹介すると、畠山先生は同じようにぎゅっと握ってくださった。

人生で一番思い出深い握手は、あの夜の畠山先生の握手だ。
あれ以来、自分も先生のような握手を、と思うことはあるが、だいたい訝しがられるのが落ちだ。

その後まもなく、先生の研究室で、持参したNewton Message Padを間に挟んで、ドナルド・ノーマンの思想や支援機器のUIデザインについてお話をする機会を得た。
短い時間ではあったが、コンピュータベースのVOCAを携帯端末に移植しようとしていた自分には、驚くほど刺激的な時間だった。

多くの人がそうであるように、畠山先生の講演は何度も聴き、その度に新しい発見があった。
そこからどれだけのことを学ばせていただいたかわからない。
しかも、それに加えて人生の節目節目で、先生に優しい言葉や基本に立ち返る言葉をかけていただいたことは、自分の幸運だろう。

大学や企業との共同研究を辞め、徒手空拳でDroplet Projectを始めた。
ATACではポスター発表からの出直し。
その時にはドロップスのデザインを褒めてくださり「また活動してくれて嬉しい」という言葉をかけていただいた。
涙が出た。

初めてDropTalkをお見せした時に
「すごい。ついにここまできましたね」
と言っていただいた時には、何年もの苦労や屈託が吹き飛ぶ思いがした。

先生ご自身は、iPhoneのような物理的フィードバックのない機器を障害者向けのプラットホームに選択することは、正直お好きではなかったと思う。
事実、そういう言葉もいただいた。
実は自分もそれは同じで、iPhone・iPad上で動くDropTalkがVOCAのあるべき姿だとは思っていない。
「いずれこれ以上の物を作ります」
とお答えしたが、その約束は果たせぬままお別れすることになった。

先生の思い出をゆっくり噛み締めたい人が、何かの拍子にこの文章を目にしたら、あまりに拙速な自分語りを不愉快に思われるかもしれない。
それは申し訳ないと思う。
だが、あなたと同じように、畠山先生の姿に学び、励まされた者が、それを忘れずやり続けることで、支援技術の次の扉が開くはずだ。
旅立たれた先生もきっとそれを望んでいるだろう。
だから自分はここまでやり続けられた。まだやり続ける。
畠山先生、ありがとう。

8月5日 九州へ(2016年夏のレポ#7)

この夏の最大イベントでもある、九州巡業。
かつてドロップレントという事業をしていた時に、佐賀によんでくれたY女史のお招きで、再び九州へー。
大分カンファや魔法のプロジェクトで、大分には度々足を運ばせてもらったけど、
今回は長崎を皮切りに、福岡、佐賀を回る4泊5日の旅。

今回は初めてのルート。自宅からまずは松本空港まで車で、そこからFDA初搭乗で福岡へ。
快適な空の旅であっという間に福岡空港に。
本田先生とSLIDEの大ファンであるところのY女史のお出迎えをいただき、1日目はまずは移動のみ。

8月4日 日本肢体不自由教育研究大会(2016年夏のレポ#6)

すでに誰からも続きを期待されていない、
「夏」のレポ…。
すみません。今年も残り3日なのに…。

というわけで誰も覚えていないでしょうけど、8月4日には日本肢体不自由教育研究大会で発表をさせていただいたわけですよ。
しかも小野里先生と一緒にですよ。

まあ、幸い終了後の質問では、お子さんの成長や変化が良く分かったというような感想も一緒にいただき、ひとまずは役目は果たしたかな、と。
そして東京を離れ、一旦長野に戻り、翌日から代表は九州への長い旅にでるのであったー。

日本肢体不自由教育研究大会の関係者の先生方、本当にお世話になりました!

ATAC2016 京都!

夏のレポも終わってないのに…。
信州カンファレポもまだ入り口なのに…。

昨年は大幅な改革が行われたせいか、告知開始が10月1日だったATAC。
今年はそのフォーマットに準じたためか、もうプログラムの公開と参加申込が始まりました。

代表は今年も講師をさせていただくことになりました。
日曜日の午後
「知的障害や自閉症の人とのシンボルコミュニケーション」
というテーマです。

ATACでは何度もやらせていただいているテーマですので、今年は自分なりに大胆なネタを仕込んで伺う所存です。

なお、前日土曜日には
「ATAC講師による相談会」
というものがございまして。
これについてはまだ詳細は出てないんだけど、去年もに続いてこれも来るかな…。

こんな強力な講座に挟まれて、すごい孤立感。

こんな強力な講座に挟まれて、すごい孤立感。

8月4日 日本肢体不自由教育研究大会(2016年夏のレポ#5)

感慨深い。
実に感慨深い。

ここしばらく、ちょこちょこっと、いろんな場所で話して来た
「障害の重い子へのコミュニケーション支援」に関する実践。
それについて、評価してくださる先生方からのご推選をいただいて、
毎年夏の恒例の、日本肢体不自由教育研究大会で実践発表する機会をもらいました。

ありがたや、おそろしや。
でも、知肢併置校たるイエロー養護の教員としては、ここは外せないぜー。
さあ、どうなる、代表?

年に何回かは身が引き締まります。

年に何回かは身が引き締まります。

8月3日 山梨県総合教育センター(2016年夏のレポ#4)

というわけで波乱含みのスタートであったが、
誤解の無いように付け加えると、教育センターの先生方にはなんの落ち度もなく、いろいろ心配りいただき恐縮でした(ぶどう、ご馳走さまでした。さすが山梨)
研修自体も本当に熱心に参加していただき、自分も楽しい時間を過ごさせていただきました。

一つ驚いたのは
トーキングエイド専用機の話で、知ってる人?と聞いた時。
普通はどう見ても見た目40代以上の人しか手を上げないのに、今回はこれまたどう見ても20代の女性の先生が手を上げたこと。
珍しいなとは思っていたんですが、帰りがけその方が声をかけてくれて
「私去年まで長野大学の学生で」
え?そうなんだ。
「杉浦電気社長の元でハンダ付けをしてました」
あ、間違えた
「杉浦先生の講義でトーキングエイドも見ました」
と。

ああ、ここにもしっかり恩師の教えを胸に明日の特別支援を支えて行く若者はいるわけね。
ということで、さらに彼女が笑顔で言った
「青木先生と杉浦先生って話し方が似てますね!」
という言葉の深い意味は考えないようにしながら山梨を後にした。

休憩時間です。

休憩時間です。

8月3日 山梨県総合教育センター到着前(2016年夏のレポ#3)

ブリキッから戻って中2日。
次は山梨へレッツゴー。
山梨県総合教育センターのお招きで、職員研修の講師に。

日本三大揺れる電車に乗って松本まで。そこで乗り換えて甲府経由、石和温泉。
おお、ここがあの有名な石和温泉か。
一風呂浴びて、と言いたいところだが、もちろんそんな時間はない。

時間通りに待ち合わせ場所のタクシー乗り場に行くと、なんか乱暴にバックで逆走してくるタクシー(今思えば、もうこの辺から変・笑)。
おお、これは手配していただいたタクシーに違いない、と思い名前を告げると、なんか運転手さんに苦笑いされて
「そんな奴知らねえよ」的な返事。
あれー?とちょっと心が折れそうになりつつ、炎天下の中10分待ち。
8月の日射しはきつい。

たまらず教育センターに電話して状況を伝えると、タクシー会社に連絡してみる、とのこと。
さらに待つこと数分。
あ、運転手さんになんか無線が入っている様子(笑)

しばらくすると、運転手さんが出てきて、よく知らない地名を言われる。
よく聞き取れなかったんで、印象としては
「あんた、ゲンガンダラへ行くんかい?」的な。

えーっと、地名はわからないんですが、教育センターです、というと。
「だからその教育センターだよ!」
と、なぜか怒られる。
「じゃあ、あんたじゃん!どうぞ!」
なんかこっちのミスだったみたいな言われ方。
キツイなあー。久々だな、こういう扱い(笑)

ここしばらく沖縄とか島根とか石川とかで、あまりにも丁寧かつ親切な扱いを受けて慢心した己の心を叩き直すいい機会であった。

ありがとう石和温泉。いろんな意味で忘れない。

ありがとう石和温泉。いろんな意味で忘れない。

7月31日 ブリキッ テクノロジースペシャリスト養成講座(2016年夏のレポ#2)

そして、種の次の日はこちら
「ICTを活用した教育を行うテクノロジースペシャリスト養成講座」の講師をさせていただきました。
三講座あって、それぞれ

A: 読み、書き等の学習障害のある生徒の支援
井上賞子(島根県松江市立意東小学校)、平林ルミ(東京大学先端科学技術研究センター)

B: 重度重複障害・肢体不自由のある生徒のコミュニケーション支援
谷口公彦(香川県立高松養護学校)、佐野将大(香川県立高松養護学校)

C: 自閉症や知的障害のある生徒とのコミュニケーション支援
青木高光(長野県立稲荷山養護学校)、近藤創(香川県立高松養護学校)

という、自分はともかく結構な豪華な講師陣。
10:00から17:00までの長丁場。参加された先生方、ありがとうございました。

同じ講座をもたせていただいた近藤先生の講義風景。人柄の良さが伝わって来るわかりやすい語り口。基本毒舌の代表とは大違い。

同じ講座をもたせていただいた近藤先生の講義風景。人柄の良さが伝わって来るわかりやすい語り口。基本毒舌の代表とは大違い。

7月30日 魔法の種プロジェクト 東京セミナー (2016年夏のレポ#1)

またこの季節がやってきました。
毎年代表や画伯が参加させてもらっている、東京大学先端科学技術研究センターとエデュアスの
「魔法のプロジェクト」
今年は「魔法の種」
ということで、実践の導入や中間報告を行う「東京セミナー」に行って参りました。

まずは、なんかほぼお約束と化した
「代表君、ちょっとステージに。一緒にやりましょう」
と中邑先生にお呼びいただいて、ステージ上で夢のような1時間。
悪夢の方って噂もあるけど。

いや、もちろん中邑先生とリアルタイムでやりとりさせてもらうなんて、そりゃあもう光栄ですよ。
先生のツッコミをどう受けるか、どう返すか、頭を使うのは刺激的です。
壇上にいながら、一番得しているのは自分でしょう。

でも、ここでも改めてはっきり言わせてもらいますが、
「事前の打ち合わせとか、一切ないんですよ!」
われながら頑張った!
この壇上のやりとり、バントはしないんだよ。空振りを恐れず、ビュンビュン振っていくしかないんですよ。

中邑先生がこの画像に絡めて何を伝えようとしたか、さあ、みんなで考えてみよう。

中邑先生がこの画像に絡めて何を伝えようとしたか、さあ、みんなで考えてみよう。

お気に入りキーボードがお気に入り

PCのキーは、知的障害、肢体不自由の子にはとっては打ちにくいことが多いですね。
かな表記だけのキーボードや、五十音配列のキーボードは、なかなか手に入らなかったり、ディスコンになっていることも多いです。

キー配列が自由に変えられて、キーのサイズも変えられて、一つのキーの文字列を割り当てられて…そんなキーボードないかねえ。

ありましたよここに!その名も「お気に入りキーボード」

まずは、しましま先生のご用命に答え、助詞学習用キーセットを作成。
大好評。
勢いにのって、更にキーが多い「プログラマブルキーボード」を入手して、五十音かな配列キーボードを作成。
大好評。
PCのキーボードやiPadのキーボードをそれなりに使っていた子も、ほとんどの子が
「こっちの方が使いやすい!」
と大絶賛。

代表は本日「日本肢体不自由教育研究会大会」で「障害の重い子どものコミュニケーション指導」という枠を担当させてもらったんですが、そこで初めてこの製品の実践活用例紹介。
フロアの方々にも好評だったので、ここでも紹介する次第。
信州カンファでも展示しますよ。

さて、肝心のこの製品を作っている企業。
その名も「長野テクトロン」
なんと長野県の会社だよ!ブラボー。
いやあ、こんな素晴らしい会社があるなんて。
探し続けた甲斐があったね。ようやく見つけたよ。
稲荷山養護学校から、徒歩10分の場所で。いや、マジで

こちらが30キー版。単語を組み合わせて文章が作成できるようにカスタマイズ。

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こちらが96キー版。ひらがな入力専用にカスタマイズ。

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