「黙って観るコミュニケーション」とOAK

「黙って観るコミュニケーション」が、重度重複障害児者の支援に関わる人に与えた影響は決して小さくないと思います。
特に、そこに収録されている香川県高松養護学校の実践の衝撃は、当時その発表を見た、竹内画伯もこんな記事にまとめているほどです。

一部引用します。
正直、これまで重度重複障害のお子さんの理解という部分は深く考えたことが無かった。
視力や聴力の状況や普段の様子、反応などから、「こんなことを快・不快と感じているだろう」くらいは私だってちょっとはわかる。
ただ、じゃあどうやって教育的アプローチをするのか、というところまではちゃんと考えたことが無い。
私が養護教諭だからか?いや、担任の先生方だってたぶんそれほど大きく違わないんじゃないだろうか。
だって、失礼ながら、スイッチをたたく姿は見られても、その因果関係を理解していないように見えるケースはいくつも見た。
もちろん悪い支援をしている訳ではなく、その子の発声に応えたり、その子の特徴を捉えた快の関わりはたくさんある・・・が。
谷口先生の(佐野先生との連名なので、実際にはお二人の)取り組みは、OAKをアセスメントツールとして用い、重度重複障害のお子さんをもう一度丁寧に実態把握し、有効なアプローチにつなげるという、一見地味なもの。(いや、地味と言うか着実な、すごく丁寧な実践ですよ!)しかし、底が知れない。
私はこの実践発表を聞いて、すごいと思うとともに怖さも感じたのです。
これまでの私たちの関わりは本当に正しかったのか?「教育」と言えただろうか?その子を本当に理解していると言えただろうか?
もしかして、「何もしていなかった」「漫然と生活していただけ」という人生を山ほど作ってきたのではないか・・・?

(引用終わり)

OAKの活用、ということを軸に始まった重度重複障害のお子さんとのコミュニケーション再考ですが、
私たちにとっては、圧倒的な実践を突きつけられた衝撃、という形で一旦は一区切りを迎えます。
しかし、この黙って観るコミュニケーションにつながる取り組みは、
稲荷山養護学校の研究にも多くの影響を与えました。
高松養護とはまた違ったアプローチではありますが、校内で簡単にできるアセスメント、という視点で
三項関係理解を軸にシンプルな手法を探求する、という今に繋がる基盤ができたわけです。

そしてそれをより積極的に進めていくために、
ドロップレット・プロジェクトとしての活動という形でセミナー運営に広げていくことになったわけです。

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